病気
自分ごととして正しい知識を
小林 良太
山形大学医学部附属病院 副科長
認知症は誰でもなりうる身近な病気です。我が国は、認知症になってからも安心して暮らせる共生社会の実現を推進しています。認知症を正しく知り、予防、早期診断・治療はもちろん、認知症の人に対する適切な対応を学ぶことも重要です。
更新日2025.10.31
掲載日2025.10.31

認知症になる可能性は誰にでもあります。2022年の厚生労働研究班のデータ※では、65歳以上の高齢者ではおよそ8.1人に1人(12.3%)が認知症とされています。また、認知症の前駆状態とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment ::MCI、以下MCIと表記)の人の割合は15.5%でおよそ6.5人に1人とされています。認知症とMCIの両方を合わせるとおよそ3.6人に1人(27.8%)となります。このように認知症は決して特別な病気ではなく、自分が、家族が、友人が認知症になり得ます。ですから、自分ごととして知識を持ち、対策を立てたいものです。
出典:厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」

認知症とは、記憶、注意力、言語機能などのさまざまな認知機能が徐々に低下し、日常生活に支障が出ている状態です。加齢によって誰でも認知機能は低下しますが、その範囲を超えて認知機能が低下し、仕事や暮らしに影響が出ているのです。
ただ、認知症になれば、急に何もできなくなるわけではありません。初期には認知機能が低下してきていると自覚している場合もあり、これまで当たり前にできたことが、次第にできなくなっていくため、患者さんご本人、そして周囲の人たちはさまざまな場面で混乱します。

認知症の症状は、認知機能の低下によってあらわれます。
記憶が曖昧になる、新しいことが覚えられない、注意力が落ちる、計画を立てて実行するのが難しくなるといった状況です。ほかには、今、どこにいて何をしているのかといった時間や場所、人物を認識する機能(見当識)の低下も見られます。
記憶の低下は、加齢によるもの忘れとは異なる特徴があります。「今日の朝食のメニューを思い出せない」「今日見たドラマの結末が思い出せない」など、体験そのものの記憶がなくなります。また、認知症の初期にはもの忘れをしたことを自覚している場合もありますが、認知症が進行するにつれて、もの忘れをしている自覚もなくなっていきます。
記憶や視覚など多くの脳機能が関連する見当識が低下すると時刻や季節、方向感覚、人間関係などがわからなくなります。見当識障害だけが原因とは限りませんが、「時期がずれた服装をする」「夜中に外に行こうとする」「家にいるのに家に帰ろうとする」「外出先で今いる場所がわからない」「知っている人を知らないという」「人を間違える」などの症状があらわれます。
注意力や判断力、計画実行性が落ち、考える速度が遅くなり、マルチタスクができなくなります。自動改札や自動販売機、全自動家電など仕組みが複雑なものはうまく使えなくなります。ほかにも、悪質な訪問販売にひっかかってしまうことや、通販番組につられて必要性が低い商品を買ってしまうなどがあります。
以前はあたり前のようにできていた買い物、料理や自分が飲む薬の管理のような計画を立てて行う作業が難しくなります。
周囲の人の気持ちや言葉の意図を読めなくなり、それまででは予想しない言葉を発したり、感情をストレートに出したりするようになります。
ただ、これらは、認知症のみにみられる症状ではないため、ほかの病気との鑑別が必要です。
認知症が進行すると、周囲の人との関わりや環境などの影響や認知症そのものの症状として、行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)が出てきます。うつ、不眠、不安、焦り、興奮、幻覚妄想、徘徊、多動、攻撃的になるなどの症状です。

認知症の初期には、上記の認知症の症状のうち、記憶障害、見当識障害、理解や判断力の障害などがあらわれます。
また、患者さんご本人や家族など周囲の人が気づきやすいのが、言葉が出にくい、文章が書けない、読んでも理解できないという言語機能の低下です。
MCIでは日常生活にはあまり支障がありませんが、同年代よりも記憶が保てていない、見当識障害が増えてきた、言葉がうまく出てこない、買い物や料理、薬の管理などが難しくなったなど、日常生活で不安なことが目立ってきたときには、認知症の入り口に立っている可能性があります。

一口に認知症といっても、脳の変性の状態によって種類があります。代表的な認知症は、アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症です。
認知症の中で最も多いとされます。脳に異常なタンパク質であるアミロイドβ、リン酸化タウが沈着して、脳が萎縮し、脳の機能を低下させると考えられています。記憶障害が出やすく、言葉がうまく出てこないなどの言語障害、今までできていた動作が難しくなるといった失行、目の前の物や状況を理解することが困難となる失認が出ます。
アルツハイマー病に続いて多いとされます。これは脳卒中(脳梗塞や脳出血)が原因で、脳の神経細胞の一部が壊れ、認知機能が低下します。アルツハイマー病と同様、記憶障害やほかの障害が起こります。ただ、脳卒中が起こった部位によって症状が異なり、身体のまひを伴うこともあります。
脳や全身の神経にレビー小体と呼ばれる異常なタンパク質の塊が蓄積し、これが認知機能障害や多彩な身体症状を引き起こすとされています。認知機能が良いときと悪いときが目立つ、体が動かしにくい、転びやすい(パーキンソン症状)、大きな寝言をいう、実際にないものが見える(幻視)といった症状が典型的です。
脳の前頭葉と側頭葉が萎縮して、認知症を発症するものです。同じものを同じ時刻に食べる、歩く道順が決まっているなど定型の行動パターンを取る、自分本位な行動が目立つようになる、言葉の意味がわからなくなるなどの症状が出ます。また、他人への共感ができなくなったり、感情も鈍くなったりします。
参考:厚生労働省 令和元年6月20日 第78回社会保障審議会介護保険部会「認知症施策の総合的な推進について
参考:政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」


MCIは、認知機能の低下がみられるものの、日常生活に支障がない状態をさします。認知症の前駆段階とされており、注意が必要です。
ただし、MCIと診断された人がすべて認知症になるわけではありません。年間で約1割が認知症に移行しますが、MCIのレベルに留まる人、あるいは加齢に伴う生理的な認知機能の低下の状態に戻る人もいます。

認知症にはさまざまな脳の病気が関連します。また、内臓の病気や感染症などが認知機能の低下を引き起こすこともあります。
脳の変性のほか、脳腫瘍、プリオン病、正常圧水頭症(ハキム病)といった別の脳の病気、脳卒中や外傷による脳の損傷(慢性硬膜外血腫など)などは認知症の大きな原因です。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染、梅毒が脳や脊髄に及ぶ神経梅毒でも認知症になることが知られています。
慢性的な肝臓の機能低下で有害物質が脳に入る肝性脳症、ビタミンB群の欠乏症、甲状腺機能低下、アルコール中毒、一部の医薬品や化学物質も認知機能の低下につながります。
このように認知症の症状の出現には多様な原因が考えられるため、認知機能検査や画像検査、血液検査などの検査で原因を調べることになります。
医学雑誌『LANCET』が2024年に発表した「認知症になる14のリスク要因」で挙げられているのは、教育不足、難聴、視力低下、高LDLコレステロール血症、高血圧、肥満、喫煙、うつ病、社会的孤立、運動不足、糖尿病、過度の飲酒、頭部外傷、大気汚染です。また、中年期に糖尿病、高血圧、肥満、脂質異常症といった生活習慣病があると認知症になりやすいとされています。
※出典:THE LANCET COMMISSIONS Volume 404, Issue 10452 P572-628 August 10, 2024
Dementia prevention, intervention, and care:2024 report of the Lancet standing Commission
Prof Gill Livingston, MD et.a
DOI: 10.1016/S0140-6736(24)01296-0
認知症の進行とMCI
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軽度認知障害(MCI)は認知症と診断される一歩手前の状態で、認知機能が健康な状態と認知症の中間の状態です。早期に発見し、適切な予防や治療を行うことで、約16%~41%の方は健康な状態に回復する場合や認知症の進行を遅らせられる場合があることがわかっています。
※出典:日本神経学会監修「認知症疾患診療ガイドライン2017」より

認知症の予防として、上記の「認知症になる14のリスク要因」を中年期から避けておくことが重要になります。中でも、高いリスクとなるものの一つに「難聴」が挙げられます。
耳の聞こえは加齢によって衰えることがあるため、聞こえにくくなっても年のせいと放置してしまいがちです。難聴は早期の治療で改善することがあるので、突然聞こえにくくなったときや、耳鳴りや耳が詰まった感じが続くときはすぐに耳鼻科で診察を受けましょう。また、聞き間違いが増えた、聞き返すことが増えた、呼ばれても気づかない、テレビなどの音量を上げるようになった、左右の聞こえに差がある、といったことに気づいたときにも早めに受診しましょう。
難聴の原因として多いのが、大音量にさらされることです。ヘッドホンやイヤホンを使って長時間大音量で音楽などを聞くことは難聴のリスクを上げると考えられています。ヘッドホンやイヤホンを使う場合にはノイズキャンセリング機能を利用しましょう。また、耳を休める時間を作ることも大切です。
すでに難聴などの診断を受けている場合には、補聴器などで聴力を保てるようにすれば認知症の予防にもつながります。
喫煙に関しては、喫煙量が多い人、喫煙している期間が長い人ほど記憶や言語などの認知機能が低下する可能性があるとされています。また、認知症の原因となる脳卒中の危険も増します。タバコをどうしてもやめられない場合、禁煙外来で診察・治療を受けましょう。飲酒は、適度な飲酒でさえ、脳への影響が懸念されています。過度な飲酒はもちろん、肝臓を傷め、糖尿病や高血圧、肥満につながる飲酒を避けるのも大切です。
糖尿病・高血圧・脂質異常症・肥満といった生活習慣病にならないことは認知症の予防になります。予防には、栄養バランスのよい食事と適度な運動が鍵となります。特に食事では、ビタミンB群やビタミンC群を十分に摂取するよう心がけましょう。
検診や健康診断、人間ドックで生活習慣病に関する項目が要精密検査となった場合には、検査を受け、早期発見・早期治療に努めましょう。
さまざまな研究から、運動が認知症のリスクを下げることがわかっています。世界保健機関(WHO)では、認知機能が正常である18歳以上の成人に対し、身体活動を強く推奨しており、中でも有酸素運動が効果的としています。運動は定期的に継続して行いましょう。運動の時間が取りにくくても家事で身体を大きく動かしたり、通勤時に早歩きを取り入れたりするなど身体活動を活発にすることで、認知症のリスクを下げたいものです。
出典:WHO GUIDELINES「RISK REDUCTION OF COGNITIVE DECLINE AND DEMENTIA」
趣味やスポーツのサークル、ボランティアなど、自分が興味のあるテーマで一緒に活動できるグループに参加しておくのがおすすめです。
日本の中年期の人々を対象とする疫学研究では、趣味を持つ人は認知症になるリスクが低いことが示されました。また、認知症のない高齢者を追跡した研究から、読書、パズルなど認知機能を必要とする活動が認知症の発症を数年遅らせる可能性があることが報告されています。
相談できる友人がいることも認知機能の低下を抑えることが知られています。特に高齢になると社会的つながりが薄くなります。中年世代のうちから友人関係の構築を意識しておくことが必要です。

今のところ、認知症を完治する治療法はありません。認知症の治療としては、進行を遅らせる薬や行動・心理症状に対応する薬を使う薬物療法、症状を進行させないための認知症リハビリテーションなどが行われています。

患者数の多いアルツハイマー病の薬は、長年、研究・開発が続いています。
日本では、アルツハイマー病のMCIや軽度の認知症の進行を抑える薬として2023年にレカネマブが、2024年にドナネマブが承認されました。いずれの薬も脳に蓄積したアミロイドβを減らし、日常生活機能や認知機能の低下の進行を遅らせる作用があります。ただ、いずれの薬も中等症や重症の認知症は対象になっていません。
また、どこの医療機関でも処方される薬ではなく、認知症で脳に蓄積される異常なタンパク質の一つであるアミロイドβを検出できるPET検査(Positron Emission Tomography 陽電子放出断層撮影)や脳脊髄液検査、MRI(磁気共鳴画像)検査ができる医療施設、またはそのような医療施設と連携可能な医療施設であることが条件です。また、飲み薬ではなく、点滴で投与する薬です。
レカネマブやドナネマブ治療を希望しない人や、対象でない人には、脳のアセチルコリンを増やす薬や神経細胞を守る薬を使います。
血管性認知症では、興奮を抑えたり、意欲を高めたりするために脳循環代謝改善薬や抗精神病薬が使われ、また、うつに対して抗うつ薬が使われます。
レビー小体型認知症では、認知機能の低下、動作緩慢や震えなどのパーキンソン症状、幻視や妄想など、それぞれの症状に応じた薬が使われます。
前頭側頭型認知症では、認知機能の改善に対応する薬がなく、行動・心理症状の緩和のために抗精神病薬や抗うつ薬が処方される場合があります。

認知症の治療の一環として、認知症リハビリテーションが行われています。これは、基本的な日常生活の動作を向上させ、社会への参加を促すもので、MCIの段階から重度の認知症までのすべての段階の患者さんが対象です。自宅で1人、あるいは家族や介護スタッフと行う場合、また、医療機関や介護施設で介護スタッフとともに個人やグループで行う場合があります。
例えば、昔のことを思い出す、洗濯物たたみやテーブル拭きのような簡単な家事をする、折り紙や塗り絵などをする、歌を歌う、ストレッチや散歩をする、パズルやゲームをする、誰かと一緒に買い物に行くといったものです。

もの忘れが多くなった、同じことを何度も話しているといわれる、料理の手順がわからなくなったなど認知機能の低下が気になるときには、まずはかかりつけ医に相談してみましょう。かかりつけ医の先生がいない場合などは、認知症を専門とするもの忘れ外来がある脳神経内科、脳神経外科、精神科を受診して、検査や診察を受けるのも一つの手です。必要に応じて、認知症疾患医療センターに紹介してもらったり、直接相談してみたりするのもいいでしょう。認知症疾患医療センターは、都道府県知事または政令指定都市市長が指定する医療機関です。認知症の診断に必要な検査機器を持ち、入院施設もある「基幹型」、同様の機能があり、精神病院などに設置されている「地域型」、基幹型センターなどと連携して治療する診療所やクリニックに設置されている「連携型」があります。また、地域の身近な高齢者総合相談窓口として、地域包括支援センターもあります。
参考:厚生労働省「認知症疾患医療センターの整備状況について」

認知症かどうかを診断する際には、外来の診察室で問診と認知機能の検査が必ず行われます。
問診では、どんな悩みがあるのか、認知機能の低下をどのくらい自覚しているか、日常生活の自立度、精神的な症状の有無、ほかの病気の治療薬などを確認します。
その後、認知機能の検査(神経心理学検査)を行います。神経心理学検査には種類があり、複数を実施するのが一般的です。代表的なものとして、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)や、時計の絵を描く時計描画検査などがよく行われています。
さらに、MRIやCTなどの脳の画像検査を行います。萎縮や、脳梗塞、脳腫瘍など脳内の異常の有無をみるためです。また、MCIや認知症に似た病気と鑑別するために血液検査(甲状腺機能やビタミンなど)なども追加されます。これらの診察や検査の結果を総合して、認知症やその種類を診断します。
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65歳以上の高齢者が自分の日常生活や健康状態を振り返り、心身の機能で衰えているところがないかどうかをチェックするためのもの。
18~20の3問のみが認知症に関する質問です。
厚生労働省 基本チェックリスト
東京都福祉局 とうきょう認知症ナビ 自分でできる認知症の気づきチェックリスト
※保険は健康状態や傷病歴などによっては契約できないことがあります。健康なうちにご検討ください。
認知症のほとんどは遺伝することはありません。アルツハイマー病のごく一部に家族性のタイプがあり、その場合は30~50代と比較的若いときに発症するといわれています。
一方で、アルツハイマー病のリスクに関連する遺伝子群が見つかっており、家族性ではない場合でも、アルツハイマー病になりやすい素因が受け継がれている可能性があります。とはいえ、認知症の発症には、生活習慣病や社会的つながりなど、さまざまなリスク要因が関わります。関連する遺伝子があったとしても必ずしも発症するとは限りません。
普段の食事、排泄、着替え、飲んでいる薬の管理、お金の管理などがどの程度自分一人でできるかといった日常生活の自立度と、神経心理学検査の結果から判断されることが一般的です。画像検査における脳の萎縮度やアミロイドβタンパク質の沈着度などは、日常生活の自立度や神経心理学検査の結果と関連しない場合がよくあります。
認知症は特別な病気ではなく、誰もがなる可能性があります。日頃から運動や食事など生活習慣に気をつけることが大事です。認知機能の低下が気になったときは、地域の認知症疾患医療センターなどを受診するようにしましょう。
小林 良太

山形大学医学部附属病院
 副科長
 准教授
 病院教授
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