日曜日よりの使者

投稿者:
ライフネット生命 スタッフ

コンタクトセンターの西村です。


先日新聞で、子供の頃に比べ、大人になると時間が速く過ぎる
という記事を読みました。

人の心的時計と実際の時計の乖離から時間認識が変化し、
心的時計が実際の時計よりも速く進めば、時間経過を遅く感じ、
逆に心的時計の方が遅く進めば時間経過を速く感じる。

加齢に伴って時間認識が変化する理由は、代謝の低下による
心的時計の進み方の鈍りなどいくつかの原因の関係が考えられている
ということでした。

「何度も時計を見るなど時間経過に注意を向けるほど、同じ時間でも長く
感じられることが知られているが、子供には待ち遠しい行事が多いのに対して、
大人になると慣れ親しんだ刺激の少ない出来事ばかりのため、
時間経過に注意を向ける回数が減り、その分時間の進行が速く感じられる」

「広い場所にいる方が、狭い場所よりも時間が長く感じられるとの実験結果がある。
大人になって昔の小学校を訪れたとき校庭が小さく感じられたりするが、
同じ空間でも子供は広く認識し、時間の経過をゆっくり感じさせる傾向を強めている」


確かにそう感じることあるなと思い、そう思うということは、
自分も刺激や新鮮さを感じる出来事が少なくなり、また狭く認識し
小さく感じてしまう傾向が強くなってきたということかと思い、
何かチクリと刺されるような気がしました。


年を経るごとに今まで知らなかった色んな出来事を知るようになる。
初めて経験することはもちろん新鮮で刺激も多く、また物事を知っていく過程は
とても楽しいのだが、知っていくにつれ、その後はだんだん応用が利いてきて、
慣れや先読みで予想ができるようになり、喜びや刺激、新鮮さはどうしても
希薄になっていってしまう。

一旦知ったことは、基本的に知らなかったことにはできず、知る過程で
得られる刺激と新鮮さは二度と同じものは手に入らないように思います。

かと言って、知ることを途中でやめてしまったり、
全部慣れや予想で片付けてしまったら、只々時間は早く過ぎ去り、
気がついたら人生終わってたなんてことになりかねない。

世界には未知なるものがたくさんあるわけで、一つ知れば別に出てくる
知らないことを敏感にキャッチする意思をいつまでも持ち続け、
常に刺激や新鮮さを広く、大きく感じていきたい、

と思いながらコーヒー飲んだ日曜日の朝でした。

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